昨年10月の父の緊急搬送に続き、
8月に母も緊急搬送で病院へ入院することになりました。
な、な、なんと
87歳にして初の病気での入院なのです。
しかし、
父の時もコロナ禍ではありましたが、今回は現実に医療崩壊が目の前にあり病院へ行くのも入院するのも一筋縄ではいきませんでした。
発熱と全身脱力 とにかく動けなくなる
その日は朝食も普通に食べ、
洗濯に掃除と何の異変もなく元気に動いていました。
AM10:00
少し長くトイレに籠っている
父が心配して私が声を掛けたけどその時は大丈夫でした。
しかしその5分後くらいに「気持ち悪い」と言ってほんの少し吐いてしまいました。
AM11:00
普段多少調子悪くて横になるとしてもリビングで横になるのに布団を敷いてくれと言うのはかなりキツイんだなと感じました。
そして少しフラフラしていたので横で軽く支えて部屋まで連れて行ったのです。
PM2:30
と、這うような感じで部屋から出てきたのでびっくりして抱きかかえたら身体がすごく熱い・・・
と聞いても「トイレに行きたい」と繰り返すだけだし、本当に身体の力が全て抜けているような感じで私一人では動かせず父が背中に乗せて私が後ろから押さえるような状態でトイレに連れて行きました。
また布団まで戻るのも一苦労・・・
熱を測ると37.9℃
まさかコロナ???と一瞬心配しました。
この時点から救急車呼ぶかどうかで父と私の意見が何度も割れました。
と言っていたので私が残りを数えたらちゃんと合っていたのでそれはないと。
しばらくすると熱も37℃前半くらいに下がり、母自身は
息苦しくもない
胸も痛くない
ただ怠い
疲れた~疲れた~疲れたぁ~
そう言うだけで何が原因かわからず私もネットで色々調べてみてもよくわからずでした。
それでも寝たおかげか母の体調も少し落ち着いたようだったので明日の朝の状況をみて病院へ連れて行こうとなりました。
念のため母の部屋の隣のリビングに私が布団を敷いて夜中何かあったらすぐ対応出来るようにしていたのです。
PM10:00
私が布団を敷いて横になろうとするとまた母が這って部屋から出てきました。トイレに行きたいと。
父とトイレまで運び、用を足したら部屋に戻って布団に寝かせたらその瞬間
と私が軽く母のお腹を触れただけで
これは朝まで様子見るのは無理だと思いPM10:30過ぎに救急車を呼びました。
救急病院へ搬送、まさかの誤嚥性肺炎
PM11:00
救急車が到着
救急隊員さんが3名入ってきて母に色々と聞くも痛いしか言わないし、耳が遠いので私が代わりに答えると「お母さんに聞いてます」と言われてしまうし・・・
父にその場を任せて私は付き添いで行く準備をしていました。
その間に母は救急車に運ばれて行ってました。動けないので担架で運ばれたようです。
私はあわてて救急車に乗り込むとすぐさま母の酸素濃度が低いと酸素マスクを付けられました。息苦しい様子はなかったけど本当は苦しかったのかなぁ?
そして以前父が運ばれた大きな救急病院へ運んで頂きました。
あの時も夜中でしたがシーンと静まり返る病棟だったけどこの日は週末の夜なのに救急車で運ばれた人の家族用の待合室から結構歩いて通されたのは外来受付の長椅子の所でした。
母の後にもすぐ救急車が到着してたし自力で救急外来へ来てる人もいるのかとにかく夜とは思えない人のワサワサとした声や動きが聞こえてました。
AM1:00
先生から呼ばれて部屋に行くとまず「お腹が痛いとの事だけでお腹に特に問題はなかったです」との事で一安心
かと思ったら
コロナ検査は陰性だったとの事で
そんな症状らしい症状がなかったので驚きましたがさらに追い打ちをかけるような言葉が
うちの病院も満床で入院させてあげられないんだよね
もう夜中なので取り合えず朝までは救急外来のフロアで過ごして翌朝から転院先を探すとの事で看護師さんから詳しい話を聞くために再度待つことに
救急病院から入院できる病院を探す→転院する
AM5:00
ようやく看護師さんから呼ばれ転院についての説明を受けました。
ここまで4時間待ち。いかに病院が困窮しているのかがわかります。
肝心の転院ですがAM8:30 までに受付に来てくださいと。
どこの病院に入るかわからないので入院の支度はしてきた方が良いだろうと。
そしてどこの病院も受入れが困難だから場合によっては1~2日転院先が決まらない事も有りうると。
もう情報量多すぎてプチパニックになりそうでした。
急いで帰宅し最低限の入院準備をして父も連れて車で再度病院へ。
AM8:30
病院到着。
外来窓口で「昨夜救急搬送されて今日転院手続きをする〇〇です」と伝える。
私の後にも何家族かが同じように転院先を探すからと受付していました。
「医療崩壊ってコロナだけって事でなく一般的な病気や怪我の診療にも影響が出る事なんだよなぁ」
と改めて実感しました。
AM10:00
医師が来て母の状態を話してくれる
昨日とほぼ同じようなことだったが転院先を見つける上で年齢的なことを考えると見つかるのが難しい場合もあると。
家から近い場所という訳にはいかないかも知れないし、万が一の時に延命処置が出来る病院じゃない所に運ばれるかもしれないと。。。
覚悟しなきゃいけないとは言え凄く苦しい私にはキツイお話でした。
AM12:00
転院先の病院がみつかる。
ここから1Kmちょっとの距離
我が家の隣市で4Kmくらいの距離なので少しホッとしました。
AM12:15
介護タクシーにて転院先へ搬送される。
母は起きることが出来ない状態なのでストレッチャーごと運ばれるとの事で通常の介護タクシーより3,000円くらい高くなると言われる。
まぁしょうがないよね。
父が同乗して私は車で転院先へ向かう
※ちなみに介護タクシー代 9,000円超えでした(-_-;)
AM12:30
私が病院に到着した時にはもう母は着いていて入院前検査を行っていました。
その間に私は入院に関する書類など手続きを進めます。
AM13:00
全ての検査が終わり母が病室へ運ばれるほんの1分程度顔を見ることができました。
母に
トイレ行きたいの!!
困ったもんだと一瞬言葉に詰まっていたらすかさず看護師さんが
と明るく声を掛けてくれたので良かった良かったと思っている間に面会終了!
想像以上に長く大変な入院生活の始まり・・・
ここから現在まで当然のことながら母に会うことは出来ていません。
朝まで本当に元気でご飯もしっかり食べていた母の急変
そしてその症状からまさかこんな大変な状態になっているとは思わなかった事
特に誤嚥性肺炎は高齢者では発症する人が多いですが中には私達が想像するような肺炎の症状など表には見えずに急変することがあると初めて知った次第です。
次の記事では今思えばという搬送前の症状など誤嚥性肺炎を家族が見逃さないよう少しでも参考になればと思い書いていこうと思います。
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